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志木にもあった兵どもが夢の跡ー羽倉古戦場跡

荒川にかかる羽根倉橋の志木側に残る羽倉古戦場跡

南北朝時代に足利尊氏と弟の直義の対立から戦乱がおき、1351年に尊氏派の高麗彦四郎経澄と直義派で難波田城主の難波田九郎三郎とが戦った場所とあります。足利尊氏は日本史の教科書に出てくる人なので何か親近感を感じました(笑

以前は「史跡 羽倉古戦場」と書かれた角柱も立っていたのが案内板だけになっていましたが、雑草に埋もれかけた案内板にかえってこの場の歴史を感じさせるような味わいを感じました

今では平和な運動公園、戦があった670年前はどんな様子だったのでしょうか?

近くにはこんな遺跡もあるそうです

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この記事を書いた人

埼玉県志木市在住。敷島神社の近くに住んでます。27年間ほど都内の私立高校で非常勤講師をした後にフリーランスのプログラマ。非正規一筋の人生です(笑。非常勤講師で教えていたのは公民科(政治経済・現代社会・倫理など)。政治や社会に強い関心があり、志木市の政治についても詳しく見てみようと思い、2021年からこのようなブログを続けています。一市民の目線で志木市政をみつめていくうちに今の志木市政や市議会にいろいろな疑問をもつようになり、その疑問をぶつけたいと2024年(令和6年)には志木市議会議員選挙に立候補しましたが落選。政党や組織に属さない本当の無所属・一市民としての壁の厚さを痛感しましたが、くじけずにこれからもコツコツと志木市政について発信を続けていきたいと思っています

今井あさと
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