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足もとにも街の歴史が…

本町3丁目あたりの住宅街を歩いていふと足もとをみたらこんなマンホールのふたがありました。フチのコンクリート部分にも鋳鉄の装飾がついているのが珍しいと思い少し周りを歩いてみると同様のものが5〜6箇所見つかりました

当地が足立町を名乗っていたのは1955年から1970年までですので51年以上前に設置されたものと思われます。マンホールのふたの耐用年数は歩道でも30年程度だそうなのでそろそろ交換したほうがよいのかもしれませんが、フチの形状が特殊なあたりをみると規格に違いなどがあって単純にふただけ交換というわけにも行かないのかもしれませんね

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この記事を書いた人

埼玉県志木市在住。敷島神社の近くに住んでます。27年間ほど都内の私立高校で非常勤講師をした後にフリーランスのプログラマ。非正規一筋の人生です(笑。非常勤講師で教えていたのは公民科(政治経済・現代社会・倫理など)。政治や社会に強い関心があり、志木市の政治についても詳しく見てみようと思い、2021年からこのようなブログを続けています。一市民の目線で志木市政をみつめていくうちに今の志木市政や市議会にいろいろな疑問をもつようになり、その疑問をぶつけたいと2024年(令和6年)には志木市議会議員選挙に立候補しましたが落選。政党や組織に属さない本当の無所属・一市民としての壁の厚さを痛感しましたが、くじけずにこれからもコツコツと志木市政について発信を続けていきたいと思っています

今井あさと
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