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志木市歴史館に行ってきました

2026年10月26日にオープンした志木市歴史館に行ってきました

目次

志木市歴史館

志木市歴史館はふれあいホール(上の写真の八角形の建物)とその奥に展示室、さらにその奥に収蔵室で構成されており、ふれあいホールと展示室が一般公開されています

埼玉縄文カード
受付では埼玉縄文カードも配布されていました(数量限定)

ふれあいホール

体験学習や自主学習用のスペース。壁には土器などのディスプレイがあり、自習用の机と椅子、本物の土器にさわれるハンズオンコーナーなどもありました

西原大塚遺跡108号住居跡出土の人面把手付土器

展示室でもっとも目を引くのは志木市西原大塚遺跡で出土した人面把手付土器。一見の価値ありです
人面部分。ユニークなヘアスタイルなのかと思ったら『新版縄文美術館』(P117)によるとヘビを乗せているとのことでした(別項「志木の西原大塚遺跡はなかなかに凄い」参照)
同書によると左から右に、大きな造形が大蛇、ヘビ、イノシシ(穴の開いた突起)、手、ヘビをのせた人面とのこと。文字を持たなかった縄文世界で神話などを伝承しているのでしょうか?ながめていて見飽きません。身近でこういう土器の実物がみられるというのは貴重なことだと思いました

多彩な出土品

他にも志木市で出土した多彩な土器などがズラリ
様々な模様と造形の縄文土器たち
土偶
弥生時代の犬の土偶

いろは樋

志木市の歴史を語るうえで欠くことのできないいろは樋についてもまとまった展示がありました(別項『白井武左衛門といろは樋』参照)

志木市の古い図面。下の曲がりくねった新河岸川(かつては九十九曲りともよばれた)にいろは樋が架かっています

田子山富士塚と富士信仰

志木市のもう一つのユニークな歴史である田子山富士塚関連の展示もありました(田子山富士塚関連記事)

田子山富士塚の中で最大の石造物である経ヶ嶽題目碑建立の寄進連名帳など。当時の有名な歌舞伎役者の名もある

東上鉄道志木駅

現在の東武東上線はもとは新座市大和田の方を通る計画だったものを当時の志木の有力者たちを先頭にした運動で現在の志木駅の場所を通るように計画を変更させました。この変更がなければ現在の志木市の姿は大きく違ったものになっていたと思われます(別項『東上稲荷道 〜志木駅の歴史〜』参照)

路線変更運動の史料
昔の志木駅の時刻表など

最後に

こうしてみてみると志木市は日本で6番目に小さい市ですが、小さいながらも豊かな歴史をもった街なのだとあらためて実感しました。志木市歴史館も小さな資料館ではありますが志木の歴史を一望できるよい施設、一度は行ってみる価値のあるところだと思いました

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この記事を書いた人

埼玉県志木市在住。敷島神社の近くに住んでます。27年間ほど都内の私立高校で非常勤講師をした後にフリーランスのプログラマ。非正規一筋の人生です(笑。非常勤講師で教えていたのは公民科(政治経済・現代社会・倫理など)。政治や社会に強い関心があり、志木市の政治についても詳しく見てみようと思い、2021年からこのようなブログを続けています。一市民の目線で志木市政をみつめていくうちに今の志木市政や市議会にいろいろな疑問をもつようになり、その疑問をぶつけたいと2024年(令和6年)には志木市議会議員選挙に立候補しましたが落選。政党や組織に属さない本当の無所属・一市民としての壁の厚さを痛感しましたが、くじけずにこれからもコツコツと志木市政について発信を続けていきたいと思っています

今井あさと
〒353-0004
埼玉県志木市本町2−9−48
080-3099-2862

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